気の毒ですね、人里に下りてきたクマ。
理由がなきゃ怖い思いまでして、ましてや子クマを連れてなんて。
気の毒ですね、農園や家畜を荒らされてしまった方。
失ったものは、やはり生活の糧となるものばかりですよね。
話すことができない関係だと、恐怖や不安から
殺すとか殺されるとか、そんなところにまで発展してしまうんですね。
人と人も同じ構図を持ってるんでしょうね。
何が良くて何が悪いという善悪を分けて考えてしまうのには抵抗がある。
理解し合うことが重要で、理解を示すことができたときには、
きっと、何が良くて何が悪いじゃない ある答えを見つけられると思ってる。
そして、また この「ある答え」について、同様に理解し合うことに努力すれば
より賢明な答えを見つけられるんだと思う。
さらに、こうした繰り返しが必要なんだとも思います。
火に火を加えると、「炎」。 さらに火を加えると「火炎」。
炎に水を加えると「淡」。 あわくなり。さらに水を加えると「淡水」となる。
これで火が消えるぅ~。 > トリック2のパクリじゃん それに意味不明(笑)
マイケル・ムーアの映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」は極端ではあるけど
人間のある一面をうまく捉えてる作品なんだと思う。
どんなことでも理解できるまで考えて自分で見つける結論には血が通う。
この自分で出した結論を、理解しようとしない心ない人の軽はずみな言葉で
傷つけられれば、当たり前のように血が流れ落ちてしまうんだよな。
血を流さないためにも、話すことはとても重要なんだよね。
何かしらを感じあえる者同士であれば、目を合わせるだけで通じるものもあるが。
そこでできた住み分けは尊重されるべきものだと思う。
本来、目を合わせただけで自分の住むべき場所へ帰るはずの人とクマ。
帰れない理由・・・。
報道で取り上げられるように食料不足でしょ。というのが本当のところだと思う。
けど、これはあくまで第三者としての言葉だよね。
当事者となったら、このクマの件にかぎらず どう思考して本質を理解できるか。
そしてどんな結論を見つけて生活に活かすことができるんだろう。
まだまだ人生勉強だぁ。